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---------------------------- 2005/05/01 管理人

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『メゾン・ド・ヒミコ』 柴咲コウのやぶにらみ

誰かの過激な欲求不満によって高まった映画の圧が、他の誰かの「マァマァ」になだめられてしまう。欲求不満の出所はもちろん、ゲイがゲイであるゆえの悩みや矛盾だ。女が男として生まれてしまった、この憤慨を収めるのは「マァマァ」に限る。怒った彼(彼女)はなにも妥協しているわけではないだろう。なぜなら彼(彼女)の怒りの矛先は今に始まった問題ではないからだ。過去に幾度も腹を立てたその度、「マァマァ」と宥められて、やがて感情の波が落ち着いて、問題は問題として、矛盾は矛盾として、そのまま残る。

沸き起こった怒りがグズっと収束して、映画がグズっとなる。そしてグズっとなる度にキスシーンが始まる。もしくは沙織(柴咲コウ)のコスプレシーンだ。脈絡なく唐突に、グズっと持続的に。観客が、さっきの矛盾を忘れてしまうくらい、濃厚に。僕は忘れないけど。

メゾン・ド・ヒミコゲイに老人ホームが必要だった理由はそれだ。ずっと「マァマァ」と言いながら収めてきた矛盾の受け皿として。ゲイの老人ホーム「メゾン・ド・ヒミコ」の主人ヒミコ(田中泯)がそのように矛盾体のまま毅然として死んだ一方で、もはや植物状態のルビイ(歌澤寅右衛門)は一か八かホームを出、家族の元へ帰った(帰らされた)。ヒミコは沙織に受け止めてもらえたろうか……。ルビイは家族に受け止めてもらえたろうか……。

『メゾン・ド・ヒミコ』オフィシャル・ブックヒミコの死の後、沙織はメゾン・ド・ヒミコへ戻った。それはヒミコが沙織から受け容れられた証かもしれない。しかしそれ以上に、メゾン・ド・ヒミコに彼女は必要だ。沙織、いや柴咲コウのあのまなざし。ゲイたちが放置していた矛盾を矛盾として再びぼんやりと明るくして、あの場所を単なるグズっと温い場所にしておかないかもしれない、厳しく、暗い、やぶにらみの挑発。

[2005日本/アスミック・エース][監督]犬童一心[製作]椎名保/三木裕明[製作]久保田修/小川真司[脚本]渡辺あや[撮影]蔦井孝洋[音楽]細野晴臣[出演]オダギリジョー/柴咲コウ/田中泯/西島秀俊/歌澤寅右衛門/青山吉良/柳澤慎一
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