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---------------------------- 2005/05/01 管理人

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ポーラ・エクスプレスの予告編  ロバート・ゼメキスVSトム・ハンクス

ドッグヴィル プレミアム・エディション役者から何かを奪うことは、映画制作への原動力になります。役者をある欠乏状態に置くことで、自ずと欲求と行動が発生し、それを中心としてフィルムが回り始めるのです。だから監督は役者から奪います。奪っておいて、今度は役者の目の前にニンジンをぶら下げるようなことをします。もしくは何も差し出さないまま放置プレイに取りかかる場合もあるでしょう。一方で役者の仕事というのは、監督の懐からニンジンを取り出させ、できる限り自分に近いところへ引きずり出すことです。あたかも大変な欠乏状態に置かれたように、必死で欲求不満を演ずるわけです。この監督と役者のせめぎ合いは、脚本によって予め定められている一定のライン上で行われるわけですが、ゲームの拮抗が臨界に達せずしてフィルムを回すことは禁止されています(このことは世界で最も権威ある国際映画評議絶対反抗不可能委員会が制定する絶対憲法に記載され、違反者はテレビ界へ島流しされる決まりになっています)から、映画とは決して脚本家が思うような予定調和によって制作されるのではなく、監督と役者それにカメラの三者間の緊張状態の下で初めて創作されるのです。(以上、一ヶ所の嘘を放置しつつ、次の段落へ移る。)

おいしい生活近年最も熱く変態的なカードといえばラース・フォン・トリアーVSニコール・キッドマンでしょう。またウディ・アレンなどは数十年間、毎年ひとり相撲でせめぎ合い続けるという離れ業で、最も尊敬に値すべき監督兼役者に挙げられます。そして長すぎる前置きに引き続いて、ロバート・ゼメキスVSトム・ハンクス、今日はこの両兄のことを書きます。

バック・トゥ・ザ・フューチャーロバート・ゼメキスの戦略はいつでも科学的です。それは1985年の伝説的な試合『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で既に明らかになっています。最後にマーティーへ「未来へ帰る」というニンジンを与え、私たちをこれまでにないカタルシスへ連れ去ってくれましたが、それに先立つ余念のない予選試合に注目せざるを得ません。時計塔に雷が落ちる瞬間にデロリアンが電線の下を走り抜けることを、ドクが何度も説明しました。そして「手抜きで色を塗らなかった」非常に精巧な本番さながらの模型を用意し、予選を行いました。結果失敗して派手に炎上するデロリアンの模型。予選と本選を重ね合わせ、予選にはなく本選にある「何か(=成功要因)」をあぶり出す手法は、実に科学的です。(以上は盟友衣笠氏の指摘に改変を加えたものです)

キャスト・アウェイそんな科学的なゼメキスは、トム・ハンクスに対しても非常に分析的な戦いを挑みます。『フォレスト・ガンプ/一期一会』ではトム・ハンクスから知能を奪い、『キャスト・アウェイ』では文明を奪いました。特に後者でゼメキスが行ったのは、無人島に遭難し文明を奪われたトム・ハンクスが自然の中からニンジンを探し当てるようすをじっと見つめる、たったそれだけです(無人島から帰還させてなお、妻を奪い、また次のニンジンをぶら下げるという徹底ぶりでした)。ゼメキスにとって、トム・ハンクスから何かを奪うことは、実験において特定の解析結果をだけ狙うような、自然科学の厳密な手法なのかもしれません。またゼメキスが描いた無人島には、明らかな自然の法則性、例えば島を脱出する際に「必ず」越えがたい規模の波がひとつやってくるような自然の理、が設定されていて、そこにあるのは単なる原始の自然ではなく、自然科学の光の下にある自然則がまとわりついた自然でした。『キャスト・アウェイ』はトム・ハンクスの身体の中の宇宙と、自然の宇宙、両者の奥へ奥へと進むロケットから送られてくる探査映像のようなフィルムだったと思います。

フォレスト・ガンプなぜ私がこんなことを考えるのか。それはゼメキスの次回作『ポーラ・エクスプレス』に対する謎のせいです。まだ見ぬその映画の主演もまたトム・ハンクスです。しかし予告編を見た私はひっくり返りそうになりました。そこに映っていたのがトム・ハンクスの身体ではなく、彼をモデルにした「トム・ハンクスそっくりのCG」だったからです。どうやら『ポーラ・エクスプレス』はトム・ハンクス自身がその身体で実際に演じたものを、モーション・キャプチャー技術によってCG化し再現したアニメ作品になるようです。しかもトム・ハンクスは一人五役の声を担当するとのこと。私は今までにない混乱を体験しました。なぜ実写ではないのか。なぜトム・ハンクスの動きをCG化しなければならないのか。そしてなぜそのCGがトム・ハンクスそっくりなのか。

長々と書き、ロバート・ゼメキスについて考えあぐねた結果、何だかちょっとわかってきたような気がします。ゼメキスは愛してやまないトム・ハンクスに三度戦いを挑むようです。今度は彼がこれまでひたすら撮り続け分析してきたトム・ハンクスの身体を彼から奪います。そしてCG化されてなおその身体性を奪い返そうとする名優トム・ハンクスと、これまでにないぎりぎりせめぎ合いをやろうとしているのではないでしょうか。さあ!11月27日を待て!!

ポーラ・エクスプレス 公式ホームページ

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