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---------------------------- 2005/05/01 管理人

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『さよなら、さよならハリウッド』 撮り続けること、見続けること

さよなら、さよならハリウッド待てど暮らせどウディ・アレンの新作が日本公開されない、と年初に新しく書き起こしたプロフィール欄でぼやいてみましたが、それから幾日も経ずして『さよなら、さよならハリウッド』試写会チケットが舞い込むという僥倖に、生きててよかった……と本気で思うわけです。いえ、私がではなくて、彼、ウディ・アレンの2002年現在(!)の生存を今ようやく確認してきました。黒船でも太平洋を渡るのに3年もかかりますまいに。そしてまだ渡ってこないのが3作品もあります("Anything Else"(2003),"Melinda and Melinda"(2004),"Match Point"(2005))。DVD化されないところを見ると、日本の興行主たちに劇場公開する意思があるとみました。"Anything Else"は今年公開との御触れが出ていますから、この調子で3年の日米格差を巻き返してくれることに期待したいと思います。……ぼやいてばかりじゃまずかろうから次段へ。

おいしい生活ウディはいつも似たような映画ばかり撮ります。精神状態の不安定な主人公、その前妻、前々妻、ちょっと足りてないティーンの恋人、社会的肉体的に優れた恋敵、分析医との対話、ユダヤ人、ニューヨーク……このようなキーワードが多くの作品に共通します。映像面のスタイルに関しても近年は完全に固定化して見え、饒舌な登場人物たちの会話を途切れなく収める長回しと省略の利いたシーン展開。音楽は古典的ジャズ、以上。もしかしたらたったこれっぽちのことで彼のフィルモグラフィーを言い尽くせてしまうかもしれないという、恐るべき単純性が、ウディファンの感じる安心であり、また物足りなさでもあります。特に近作『おいしい生活』『スコルピオンの恋まじない』を見て私が感じたことは、単に「安心」以外の何ものでもなく、70〜80年代の作品に見えた「不安」や「挑発」がもう戻ってこない寂しさです。

スコルピオンの恋まじないいや、ただひとつの不安はスクリーンに映るウディ・アレンの老いた姿。無理を押していつもと同じ油の乗った中年男を演じる彼が、どうみてもおじいちゃんであるという矛盾です。彼の変わらないスタイルに対して変わりゆく彼自身とのギャップが、ウディ映画の終焉を思わせてしまうのです。一方の肉体派クリント・イーストウッドが近作で、自らの老いと真正面に取り組んだモチーフを扱いながら、尚老いぬ、と観客を安心させ、また挑発するのと、正反対の悲しい事態です。

記事の冒頭に生存確認と書いたのはそういう意味です。今、彼が毎年せっせとこしらえる映画――同じモチーフ、同じスタイル、変わる容貌――を見ることは彼がまだ死んでないことを確認して安心すること、そして彼が明日にでも死ぬのではないかという不安を更新すること、でしかないのかもしれません。(そういえば今回の試写会の案内は年賀状の体裁でした。日活宣伝部のブラックジョークかしら。)

しかしそれでも私はこんなにもウディの新作を待ち望み、鑑賞後は深い幸せに包まれています。『さよなら、さよならハリウッド』はいつにも増してよかった。ウディが少し若返ったように生き生きして見えましたが、それは作品の出来を表していると言ってもいいでしょう。何よりも筋が面白い。彼が演じる映画監督が見る商売でありながら心因性の盲目を患ってしまうという皮肉。見えないままデタラメに撮って完成させた作品がそれはそれはひどいもので、アメリカで興行に大失敗するのに、なぜかフランスで大絶賛されてしまうというオチ。それはウディ・アレンによる現実のウディ・アレン自身の表現に他なりません。そして今回も同じだったいつもの表現スタイル――徹底的に省略の利いた場面展開、そこで繰り広げられるウディの無駄話の山々――とはやはりウディ・アレン自身を映画に投影させるためにこれ以上ないやり方なのであり、無駄と省略の絶妙のバランスが円熟した形なのです。

私は改めてなぜ私が彼の映画を見続けるのか、わかったような気がします。「見続けること」が面白いのです。彼のフィルモグラフィーの初めから全部を見、さらに毎年制作される彼の生存証明を逐一確認していくことが、全部ひっくるめて時代時代の彼を映している歴史を見る作業です。ウディ・アレンのように徹底して映画の中心に自分を置き続け、毎年コンスタントに自画像を描き続ける作家は稀有であり、また私は結局この世で何ものも自分自身以上に面白いモチーフとはなりえないだろうと考えていますから、彼こそ最高の映画監督だと思うのです。そして私のウディ・アレン映画の鑑賞とは、彼の遺作まで全て見終えて初めて完了するものなのですから、彼の最新作は常に迅速に日本公開してもらわねば困ります。

『さよなら、さよならハリウッド』は恵比寿ガーデンシネマで春に公開だそうです。
"Hollywood Ending" 米公式ホームページ
"Anything Else" 米公式ホームページ
"Melinda y Melinda" スペイン公式ホームページ("Melinda and Melinda"はスペインのサイトしか見つかりませんでした)

[2002/アメリカ][配給]日活[原題]Hollywood Ending
[監督・主演]ウディ・アレン[キャスト]ティア・レオーニ/ジョージ・ハミルトン/デブラ・メッシング
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この記事に対するコメント

TBさせて頂きました。記事とても面白く、興味深く拝見しました。イーストウッドも大分おじいちゃんですけど、確かにウッディ・アレンも、70には見えないです。正確には、見えるんだけど、忘れさせてくれる。
「死んでいないと安心する、明日にでも死ぬのではないかという不安を払拭する」笑いました!
遺作まで見取る事が鑑賞という事、共感します。
私はデビュー作が一番好きです。
bakabros | 2005/04/22 4:52 AM
この記事に対するトラックバック
監督:ウディー・アレン 原題:Hollywood Ending キャスト:ウディ
さよなら、さよならハリウッド | 見なきゃ死ねるか!聴かなきゃ死ねるか! | 2005/02/04 9:10 PM
★★★★ 私がウディ・アレンの映画を苦手な理由。 1・マシンガンのように連射される台詞の多さ…。 2・ウディ・アレンの神経質そうな演技(特に台詞の喋り方) 彼の作品全てが気に入らないというわけではない。面白いと思ったものもある。でも、殆ど毎回と言っていい
1月13日(木) 『さよなら、さよならハリウッド』完成披露試写 | 映画の胃袋 Живот киноего | 2005/02/05 6:09 PM
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映画『さよなら、さよならハリウッド』 | GREEDY tonics | 2005/03/14 12:57 PM
よみうりホール。ウッディ・アレン三年ぶりの新作「さよなら、さよならハリウッド」試写会。 ウッディ・アレンの映画は、大感動とか、爆笑する程の面白さなどは期待できないけれど、全くつまらないとか、笑えないという心配もない。いつも無難に楽しめる。 始まりから
「さよなら、さよならハリウッド」 | 試写会帰りに。 | 2005/04/22 4:45 AM